何か趣味をおくれ

もうすぐ年末

年末年始は面倒くさい。何が面倒くさいってやり取りが面倒くさい。ふつうの6連休と違って「良いお年を」「あけましておめでとう」が生じるのが面倒くさい。どちらかというと「1年間無事に生きてておめでとう」が正解かもしれない。

年間の行事には疎遠になった人と連絡を取り合う機会になるという意見もあるが、なぜそもそも疎遠になった人と連絡を取る必要があるのか?親しい人なら頻繁に連絡を取るであろうし、疎遠になった人には疎遠になった理由が必ずある。

「あの人最近見ないけど大丈夫かな?」程度に連絡を取るのは正直謎でしかない。なぜなら多くの人は他人の心配をするよりも自分の心配をしたほうが良いからだ。


どこかで見た虹↓↓↓必要なものと大切なものの違い。それは尊さだろうか。


人生において趣味がないのは致命的だ。日常的に自身のブログを書いたり動画を作ったりはしているけどそれは別に趣味ではなくてただの得意分野。向いているかどうかの違いであって好きかどうかじゃない。

車の運転?

いや、それも好きじゃない。

教習所の指導員って先入観か何かで車好きな印象を持たれがちだけど全員が全員そうじゃない。ゴミの清掃員がゴミ集めが好きで道路を綺麗にしてくれていると思う?車が嫌いでも整備士にはなれるし、子供が好きじゃなくても保育士にはなれる。

ディズニーランドが好きな人がオリエンタルランドに就職したらどうなるのか?おそらく活き活きと仕事ができる人と、夢の国の現実を見てしまって幻滅する人の2パターンが生じると思う。つまり好き嫌いよりも気持ちの持ちようのほうが大きい。

ようは仕事として続けていけるのかが重要であって、続けられているのなら多少なりともその仕事に向いていた部分があっただけの話だ。何が正しかったのかを決めるのは俺やみんなのような人ではなくて歴史。

ただ趣味があれば人生豊かになるんだろうなとは思う。趣味には苦手な分野であっても突き進むことができる謎の行動力があるらしい。


モデル末期のPS4(コントローラー)↓↓↓でもまだ全然遊べる。


かと言って今日明日に趣味を発見することは不可能だと思う。できるんだったらとっくの昔に発見しているよ。とにかく飽きっぽいのがいけない。例えば…

  • 高校時代の軽音楽→移動がめんどくて行かない
  • エレキギター購入→弾くのが面倒くさくて部屋のインテリアに
  • 大学時代の陸上部→リア充になりたくて辞める
  • 初プラモデル→つま先だけ作って放置
  • 任天堂Switch→やる気になれない
  • MacBook Pro→買ったけど箱から出すのが億劫で一度も使っていない

そう、何かやろうと思うきっかけはあってもそこまでじゃないから続かない。唯一続いているのはブログやらサイト構築やらCSSの勉強やらである。もともと文章を考えるのは好きだから向き不向きで言うなら向いているんだと思う。

誰か趣味のない俺に趣味を与えておくれ(笑)

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